Make.

 ――私は顔が可愛くない。全然可愛くない。しかし、一目見ただけで「うわ、きもっ!」となるほど不細工でもない。例えるなら下の中か上くらいだろうか。とにかく中途半端に不細工なのだ。  ――人生は顔の良さで決まるわけではない。けれど、顔が良い方が好印象を与えるのも事実。今までは持ち前の明るさで友達を沢山作ることができたけれど、今回ばかりは性格だけでどうにかなるような問題ではない。……どのような問題かというと。私、恋をしてしまいました。相手は同じ部活の先輩。優しくてかっこよくて、スポーツ上手くって、勉強なんかも教えてくれて、大好き。けれど、彼の「わりと面食いなんだ」という発言を聞いてしまい傷心中です。面食いってことは私なんか相手にされないじゃない! ふぁっく! あああああかわいくなりたいいいいいいい!   * 「……こういう訳なんだけど、恵理子どう思う?」  放課後の教室。そこでは恵理子と呼ばれた少女と、相談を持ちかけた少女――……真帆の二人が、窓際の席で話し合っていた。日はもう暮れかけていて、教室の中に夕日が差し込んでいる。 「……って言われてもねぇ……顔はどうしようもなくない?」  自慢の黒髪をくるくるといじりながら、恵理子はため息をつく。 「ぐぅ……自分は可愛いからって……」  恵理子の顔を見つめながら、拳を握り締めて真帆は言う。確かに、恵理子は端整な顔立ちをしていて、いつも男女問わず視線を集めていた。 「まぁ、あたしの顔が可愛いのは関係ないでしょ――?」 「うわあ可愛いのは認めやがった! むかつく!」  相談を持ちかけたり、冗談を言い合ったり、見た目に差はあれど、恵理子と真帆は一番の親友であった。……こんなに素敵な友達がいるんだから、可愛くなくたって、先輩に振り向いてもらえなくたって、幸せ。真帆はそう思っていた。 (でも……そう簡単には先輩のこと諦められないよね……)  この日はなんの解決にもならないまま、帰路に着いた。まだあまり遅い時間ではないというのに、日はほとんど沈み、辺りは薄暗い。肌寒く、いつも通っている道のはずなのに、なんとなく不気味であると真帆は感じた。   *  しばらく歩いていると、もう日は沈んでしまった。真帆は足を速める。すると、普段人などあまり通らないこの道に、人影が見えた。  歩いているのは少女であった。真帆と同年代か、少し年下だろうか。ウェーブのかかったブラウンの髪にちょこんとリボンが乗っていた。目はぱっちりしていて睫が長く、ふっくらとした唇で、頬はほのかに赤いように見える。身長は自分より少し小さいくらいだろうか。女の真帆でも目を奪われるほど、可愛らしい少女であった。 (私も、この子みたいになれたら……)  思わず、真帆は少女をまじまじと見つめてしまう。 「……どうかしました?」  不意に少女が口を開く。あれだけじろじろ見ていたらそれも当然か。真帆はあたふたしながら応える。 「あ、えっと、可愛いなーって! 私も、君みたいに可愛くなりたいなって、いっつもそう願ってて……」  すると、少女は真帆の顔を覗き込み、にっこりと笑う。そして、落ち着いた声で言った。 「可愛くなりたい、ですか?」  言い終わった瞬間、一筋の風が吹き、木がざわざわと騒ぎ出した。少女の笑顔が、何故か不気味に感じられる。 「そ、そりゃあ……」  少女があまりに詰め寄ってくるので、後退りをしながら真帆は答えた。すると、少女は真帆から少し離れ、くるりと一回転した。スカートがふわふわと揺れる。そして、後ろで手を組んだ。 「分かりました! 貴方のお願い、わたしが叶えてあげます!」  元気よくそう言い放つと、ぎゅっと真帆の手を握った。吹き抜けた風が冷たく感じられる。 「で、でも、どうやって? 顔なんて、簡単に変えられるもんじゃないよ?」  少女に疑問をぶつけた。すると少女は、ポケットから何かを取り出す。  銀色の刃が、月明かりで光った。 「素敵な方法があるんです」  少女が取り出したのは、折りたたみ式のナイフであった。背筋に悪寒が走る。 「自分と同年代で、自分より可愛い子をぶっ殺しちゃって下さい。その顔の皮を剥いで食べると可愛くなれるんですよ」 ――何を言っているんだこの子は。  冗談なのだろうか。いや、冗談にしては度が過ぎている。そもそもそんなこと出来るわけがない。人を殺すなんて。人の皮を食べられるわけもない。それで可愛くなれるなんて話も聞いたことない。有り得ない。 「……もしかして、信じてません?」  少女は不思議そうに尋ねた。 「あっ、当たり前じゃない! そんな話信じられないし、信じたとしてもそんなことできるわけない!」  真帆は叫ぶ。すると、少女は真帆の手を取り、歩き始めた。 「ちょっ、どこいくの!?」 「あなたが信じないから、実際にやってみたほうが早いかなと思って」  嫌な予感がした。今すぐにでもこの場から逃げ出したいが、少女の腕を掴む強さは予想以上に強い。真帆は抵抗できないまま、少女に連れられていく。  そして、少女に連れられ少し歩いた先には、先程別れたばかりの恵理子がいた。 「あの方、可愛いですね」  少女が不敵に笑う。こちらに気がついた恵理子は、真帆へ手を振った。 「あっ真帆! どうしたの? その女の子は?」  言い終わると同時だった。  突然、恵理子が崩れ落ちる。 「……え?」  首筋には先程のナイフが突き立てられていた。 「え、恵理子……」  真帆はぺたんと尻餅をついた。何が起きているのかわからない。恐怖で声が出ない。目には涙が滲む。  すると、少女はにこにこと笑ったまま恵理子に近づき、首筋に突き立てられているものを抜いた。真帆は咄嗟に目を背ける。ぽたぽたと垂れる水音だけが聞こえた。  顔を背けているため、真帆には少女がなにをしているのか分からないが、何とも形容しがたい不気味な音と、少女の鼻歌が真帆の耳に入ってきた。 「さあ、折角だから食べてみてください」  少女の手にはくしゃくしゃになった何かが握り締められていた。 「や……私、そんな……」 「食べて?」  半ば無理やりに、それは口の中に押し込まれた。鉄の味が口の中に広がる。無理やりに口を閉じられ、真帆の口には少女の手が当てられていた。どうやら飲み込むまで解放する気はないらしい。  何度も何度も吐きそうになりながら、真帆はそれを飲み込んだ。 「……っ」  言葉が出ない。ただただ、胃の気持ち悪さと親友を失ったことを受け入れられない悲しみで、涙が溢れていた。  そんな真帆をよそに、少女は立ち上がり、動かなくなった恵理子を抱えて歩き始める。 「私は道を示しました。これからどうするかは貴方次第です。」  そういい残し、夜の闇に消えていった。月明かりだけが頼りの路地だが、今はその月も雲で見え隠れし一層暗い。風は落ち着いてきたものの、気温はだんだんと下がり、真帆の体温を奪っていく。しかし、真帆はその場で蹲って涙を流すことしかできなかった。   *  心配して探しに来た母親に連れられ、真帆はやっとのことで帰宅した。涙は、もう枯れていた。 「そういえば、恵理子ちゃんがまだ家に帰ってないらしいじゃない。真帆、何か知らない?」  母親の問いかけに、真帆はびくっと肩を震わせる。 「……ううん、知らない」 (……恵理子は、私が食べちゃったんだよ)  恵理子の名前を出すだけで、あの時の感触が思い出されて気持ち悪くなる。あの鉄の味が再び口の中に広がってくるような気さえ、真帆はしていた。  一旦、その場では母親に促され、風呂へと向かう。……しかし、風呂の鏡を見て、真帆は思わず呟いた。 「……可愛くなってる」  それは些細な変化であった。一番のコンプレックスであった潰れた鼻が、何故か今は整っている。 「すご……」  感嘆の声が漏れた。あの少女が言っていたことは本当だったのだ。もしかしたら、コンプレックスのこの細目も、短い睫毛も、丸みを帯びた顎も、全て治ってしまうのだろうか。微かな期待が真帆の心の中に生まれる。可愛くなれば、先輩だって振り向いてくれるかもしれない。幸せになれるのかもしれない。様々な願望が真帆の頭を過る。  真帆はあの気持ち悪い感触など、もうすっかり忘れてしまっていた。親友を失った悲しみも、人を殺した恐怖も全て。   *  あれからしばらく経った。そこにあるのは、いつも通りの学校の風景。……唯一、真帆を除いては。  そこでは、真帆を含む複数人の女子が、机を取り囲んでお弁当を広げていた。その内の一人がおかずのウインナーを頬張りながら、話題を振る。 「ねぇ知ってる? 最近の通り魔事件」  他の女子もそれに続いた。 「知ってる知ってる。可愛い女の子ばっかり狙われてるんだって。しかも中学生や高校生ばっかり」 「やだ、怖い……ほら、真帆とか超可愛いから狙われちゃうんじゃない?」 「そんなことないってー」  真帆は見違えるほどに可愛くなっていた。可愛い子を見つけては後を追い、人気のない所に行くまで待つ。相手が絶命するまで持っていた包丁で刺し、顔の皮を剥いでは食べていた。死体はおもりと一緒に海へ沈めた。しばらくの間死体が見つかることはないだろう。血の味にも人を殺す感触にももう慣れていた。自分が可愛くなれることに快感を覚え、今ではその行為を楽しんでいる。 (今日は誰を殺そうか)  少女は、「自分と同年代の、自分より可愛い子を殺せ」と言っていた。可愛くなるにつれ、条件に適合する人を見つけ、人気のない場所まで行くのを待つのも大変になっている。また、しっかりと見極めないと真帆は可愛くなれない。うっかり自分よりも可愛くない子を殺してしまえば、それは完全に無駄な行為になってしまう。自分が得をしない殺人なんて、気分が悪くなるようなことこそないけれども、完全に時間の無駄であるし、楽しみを感じない。ただの殺人鬼になるつもりは、真帆には決して無かった。真帆の目的は、あくまで可愛くなることである。また、可愛くなりたい理由は、先輩に好かれたいから。本来の目的は、最初からずっと忘れていない。 ――だから、あと一人、殺したら。その時は先輩に告白しよう。真帆はそう考えていた。   *  終業のチャイムが鳴ると、真帆はすぐに人通りの多いアーケード街へと向かった。この大人数の中でも、真帆より可愛い子を見つけるのは骨が折れる。けれど、目標の達成のため、真帆はひたすら歩き回った。 「あ」  歩いていると、ファーストフード店から出てきた先輩と遭遇した。幸い、先輩は友達と調度別れた所であるようだった。 「お、奇遇じゃん」  真帆に気づいた先輩が話しかける。真帆が可愛くなってから、先輩の態度も少し変わってきたように真帆は思う。事実、先輩と真帆の会話の量も増えた。先輩から真帆に話しかけるようになっただけでなく、自分に自身を持った真帆が先輩に話しかけるようになった、という事も要因の一つだ。 「あ、あの、先輩」  突然の遭遇に慌てながらも、真帆は胸に手を当て、ぎゅっと握り締める。一度、深く息を吸って、そして吐き出し、言った。 「明日の放課後、時間ありますか?」  じっと先輩を見つめる。先輩はいつもの調子で、頭を掻きながら返した。 「ああ、平気だよ。どしたの?」  真帆は一息ついて、言葉を続ける。 「お話があるんです。明日、いいですか?」  まだ本番ではないと言うのに、頬が熱くなるのを真帆は感じる。先輩は、そんな真帆を見て明日話される内容を何となく察したのか、詳しくは聞かずにいいよと返事をした。 「あっ、ありがとうございます! じゃあ、また明日っ!」  それだけ言うと、真帆は逃げるようにそこから立ち去った。 (どうしよう! 私すごい! 誘っちゃった!)  真帆は今から色めき立っていた。当日はなんて告白しようか。服装は制服のままでいいだろうか。そんなことばかり考えてしまう。  だから、告白の成功のために、「あと一人殺したら」という目標を達成したい。しかし、考え事をしていたからか人通りの多い道から外れてしまったようであった。いつのまにかそこは、いつも帰りに通っている薄暗い路地。……真帆が少女と初めて出会った場所であった。 「お久しぶりです!」 「わっ!」  突然肩に手を置かれ、びくっと体を震わせる。振り向くとそこにはあの少女がいた。 「私の言った方法、やってくれてるんですね。すっごく可愛いです」  少女は相変わらずの笑顔であった。 「ありがと。でも最近殺す相手が見つけられなくってさー」  ならば、この少女を殺してしまおうか。そんな考えさえ、真帆の頭に浮かぶ。そんな真帆の思いも知らず、少女はにこにこしていた。 「すっかり美人さんになっちゃいましたもんね。私なんかより全然可愛いです」 「……じゃあ、私が君を殺しても、私は可愛くなれないの?」  思わず呟いてしまう。……少女は自分より真帆のほうが可愛いと言った。ならば、もしもこの少女を殺したとしても真帆は可愛くなれない。 「そうですね……」  くる、と後ろを向いて少女は真帆の周りをくるくると円を描くように歩き始める。 「やっぱり、自分より可愛い人見つけるのって、大変になってきますよね」  真帆はこくりと頷く。 「私もそうなんです。自分より可愛い子が、なかなか見つからなくって」  少女もこの方法で可愛くなっていた。考えてみれば当然であるが。 「そこで、私、すごい方法思いついちゃったんですよ」  少女は真帆の前でぴたりと止まり、顔を真帆の方へと近づける。 「育てればいいんです」 「……え?」  少女は真帆の手首を、自分の手でしっかりと掴んで拘束した。真帆の背筋に悪寒が走る。 「自分より可愛い子を、育てちゃえばいいんですよ。」  少女はじっと真帆を見つめた。目には光が宿っていない。真帆は必死に逃れようとするが、少女の力の強さには適わなかった。いつも凶器として使っていた包丁も、鞄の中にあるため取り出せない。 「すっごく簡単なんです。顔のことで悩んでいそうな女の子に声をかけて、方法を教えてあげるだけ。たったそれだけで、自分と同じくらいか、それよりも可愛い子が出来ちゃうんです。素敵な方法でしょう?」  少女に組み敷かれ、真帆は身動きが取れなくなる。恐怖で声が出ず、抵抗もできない。人通りの少ない路地で、助けに来てくれる人などいるわけもない。 「この……人殺し……」  やっとの思いで、真帆は声を絞り出す。 「あなただってやってきたことじゃないですか。」  何も言い返すこともできず、真帆は涙を浮かべながら目を閉じた。 「今まで私のために努力してくれて、ありがとう」  頬に冷たいナイフが当てられるのを感じた次の瞬間には、真帆の意識は失われていた。   *  ――私は顔が可愛くない。全然可愛くない。しかし、一目見ただけで「うわ、きもっ!」となるほど不細工でもない。例えるなら下の中か上くらいだろうか。とにかく中途半端に不細工なのだ。  ――顔が悪い、ただそれだけで、私はいじめをうけてきた。もしも顔が可愛ければ、こんな思いをせずにすんだのだろうか。もっと、友達もできたのだろうか。ああ、可愛くなりたい!  そんな思いを抱え、いつものように一人で帰る結衣の前に、一人の少女が現れた。  少女は結衣の前で立ち止まり、言う。 「あなたのお願い、私が叶えてあげます!」